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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)349号 判決

原告

山本高幸

被告

石川和男

ほか一名

主文

一  被告石川和男は、原告に対し、金二九六六万三九〇一円及びこれに対する平成五年二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告千代田火災海上保険株式会社は、原告に対し、被告石川和男に対する本判決が確定したときは、金二九六六万三九〇一円及びこれに対する平成五年二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告石川和男(以下「被告石川」という。)は、原告に対し、一億〇四〇三万七九二九円及びこれに対する平成五年二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告千代田火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、被告石川に対する右一の請求が確定することを条件として、一億〇四〇三万七九二九円及びこれに対する平成五年二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、後記の交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負って入通院し、後遺障害が残ったとして、被告石川に対して民法七〇九条及び自賠法三条により損害金の支払を、被告会社に対して被告ら間に締結されている自動車保険契約により保険金の支払をそれぞれ求めた事案である。

なお、付帯請求は、本件事故発生の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成五年二月二八日午後一一時

(二) 場所 神戸市中央区楠町六丁目一二―四先路上

(三) 加害車 被告石川所有、運転の普通乗用自動車

(四) 被害車 原告運転の普通乗用自動車

(五) 態様 原告が信号待ちで被害車を停止中、被告石川運転の加害車に追突された。

2  責任

(一) 被告石川

被告石川は、加害車の保有者であるが、前方注視して運転すべき注意義務があるのにこれを怠り、十分に注意義務を尽くさないで進行したため、本件事故を発生させたものであるから、自賠法三条及び民法七〇九条により、本件事故により原告が受けた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告会社

被告会社は、被告石川との間で、本件事故のような交通事故に適用のある自動車保険契約(いわゆる任意保険契約)を締結していたから、右一の請求の確定を条件として、本件事故により原告が受けた損害を保険金として支払う責任がある。

3  原告の傷害、治療経過及び後遺障害

(一) 原告は、本件事故により外傷性頸部症候群、胸部、右肩打撲、頭部外傷Ⅱ型、薬物性胃潰瘍、右上腕神経叢損傷の傷害を受け、右治療のため次のとおり入通院した(甲二ないし一四、一五の一・二、一六、二四、二五、二八)。

(1) 平成五年三月一日から同月四日までなぎらクリニック通院(実日数四日)

(2) 同月四日から同年六月三〇日まで大塚病院に入院

(3) 同日から同年七月八日まで関西労災病院に入院

(4) 同月九日から平成六年三月一〇日まで大塚病院に入院

(5) 同月一一日から同月三〇日まで大塚病院に通院(実日数五日)

(二) 原告の右傷害は、平成五年三月三〇日、症状固定し(甲一六)、その後遺障害については、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一四級(以下単に「何級」とのみ略称する。)に該当する旨事前認定された。

二  争点

1  後遺障害の有無、内容及び程度

原告は、本件事故により、右上腕神経叢損傷の傷害を受け、そのために右腕は用廃状態にあり、その後遺障害の程度は五級に該当する旨主張する。

被告は、原告の右腕の傷害は、本件事故に起因するものではなく、他の何らかの原因によるものであり、本件事故による原告の後遺障害は、一四級に止まる、また原告の症状には反射性交感神経ジストロフィーが影響している可能性があるが、それは心因性のものであり、将来、治癒する可能性がある旨主張する。

2  原告の損害額

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(甲二ないし一四、一五の一・二、一六、一七、二一、二四、二五、二八、乙一の一ないし八、検乙一ないし一二、一三の一ないし六、証人山岡茂雄、原告、鑑定、弁論の全趣旨)によると、次の事実が認められる。

(一) 原告は、本件事故直前、対面信号が赤色表示であったため、被害車を停止し、両手でハンドルを持ち、助手席の友人の方に斜めに身体を向けた状態で話をしていたとき加害車に追突された。原告は、当時、シートベルトを装着し、サイドブレーキを引き、フットブレーキのペダルを踏んでいたが、加害車前部が被害車の後部ボディの下に入り込む状態で、車両一台分位前に突き出された。そのため、原告の身体は、後方に引っ張られ、その後、反動で前方に移動し、胸がハンドル上部に当たり、首がガクンとなった。

右追突により、原告は、大きな衝撃を感じたが、被害車は後部バンパーが少し凹んだ以外には損傷がなく、加害車も前部ボンネットに少しの歪みが残った程度であった。

(二) 原告は、本件事故直後、右横首と右肩に痺れを感じたが、他に異状がなく、夜間であったため、当日は病院に行かなかった。

原告は、翌朝、なぎらクリニックで診察を受け、項部から右肩胛部にかけて疼痛が著名、右臀部から右下肢にかけて疼痛、右手に痺れがあり、頸部挫傷との診断を受けた。

(三) 原告は、同年三月四日、大塚病院に入院し、外傷性頸部症候群、胸部、右肩打撲、頭部外傷Ⅱ型、薬物性胃潰瘍、右上腕神経叢損傷の疑いと診断され、薬物及び理学療法等の治療を受けたが、右腕の痺れ及び運動障害が継続した。原告は、同年六月下旬になっても軽快せず、右上腕神経叢損傷及び頸髄引き抜き損傷の疑いが持たれたため、関西労災病院で精査してもらうことになった。

(四) 原告は、同年六月三〇日、関西労災病院に入院し、筋電図、ミエログラフィー、CT、MRI等の検査を受け、筋電図において三角筋、僧帽筋等に神経性変化が認められたが、その他の検査においては異常は認められなかった。同病院の担当医師は、神経根引き抜き損傷の所見はないが、直接外力を原因とする右上腕神経叢損傷であろうと診断し、麻痺は不全で回復傾向にあり、自然治癒を待つしかないと考えていた。

(五) 原告は、同年七月九日、大塚病院に再入院し、薬物及び理学療法等を受けたが、改善が見られないまま、平成六年三月一〇日、退院し、その後、しばらく同病院に通院した。

(六) 原告は、平成六年二月二八日、右上腕神経叢損傷により身体障害者等級二級に認定された。

原告の右症状は、同年三月三〇日、固定したが、傷病名・外傷性頸部症候群、右上腕神経叢損傷、自覚症状・頑固な頸部痛、運動障害、右上肢完全運動麻痺及び知覚障害等、他覚症状・右肩関節の神経損傷により筋は緊張を失い、上肢は自重による自然脱臼があり、右肩の挙上、右肘の伸展、屈曲、手首の挙屈、背屈等につき相当の運動障害が残っていた。右後遺障害については、自賠責保険において一四級に認定された。

(七) 原告は、本件事故当時、健康であり、タクシー運転手をしていた。

原告は、本件事故により、後遺障害が残り、右上肢は完全に運動麻痺状態になり、現在、装具を装着した状態で、ボールペンを持つことができるだけで、文字さえ書けない状態になっており、伝票整理等のアルバイトをしているにすぎない。

(八) 岡山大学医学部附属病院講師原田良昭は、原告を直接診察しないで、診断書、カルテ等を参考資料として、原告の後遺障害につき、次のとおり、本件事故に起因するものであり、五級に該当する旨鑑定した。

(1) 原告の症状は、前記のなぎらクリニック、大塚病院及び関西労災病院のとおりであるが、神経学的な評価についての記載がほとんどなく、症状の推移を確定できないが、関西労災病院の診察時よりも後遺障害診断時が悪化している。

(2) 後遺障害診断時における右肩関節、肘関節、手関節の自動運動は〇度で、手指の全部の用を廃したものと考えられ、五級六号の一上肢の用を廃したものに該当すると考えられる。

(3) 初診時及び経過中の神経学的評価がないため、本件事故との因果関係を確定することが困難であるが、原告が当初より右上肢の症状を訴え、関西労災病院での神経学的評価から運動麻痺が存在することが明らかであるから、原告の右後遺障害は、本件事故によって発生したものと考えられる。

ただし、関西労災病院の診察時よりも後遺障害診断時が悪化しているが、外傷性腕神経叢損傷のみでは説明が困難であり、他動的関節可動域減少、指関節の拘縮等から、反射性交感神経性ジストロフィーの合併が疑われる。反射性交感神経性ジストロフィーの可能性があるが、原告の素因の関与及びその割合等については、見解を示すことができない。

2  右認定によると、原告の後遺症状は、次第に悪化し、症状固定当時、鑑定のとおり五級に該当するといわざるをえないところ、本件事故以外に他の外的原因が見当たらないことなどから、原告は、本件事故により、五級に該当する後遺障害が残ったとみるのが相当である。

しかし、本件事故における追突の程度は、加害車及び被害車の損傷程度等から、比較的軽かったといわざるをえないうえ、原告の関西労災病院における諸検査の結果、筋電図において三角筋、僧帽筋等に神経性変化が認められたものの、その他のミエログラフィー、CT、MRI等の検査においては異常が認められなかったのであるから、原告の五級の後遺障害については、原告の身体的素因が寄与しているとみるのが相当である。

鑑定においても、原告の後遺障害については、外傷性腕神経叢損傷のみでは説明が困難であり、他動的関節可動域減少、指関節の拘縮等から、反射性交感神経性ジストロフィーの合併が疑われる旨の指摘があるところ、本件に現れた諸般の事情をも考慮すると、原告の後遺障害につき、四割程度は原告の身体的素因が寄与しているというべきである。

従って、原告の損害額につき、過失相殺の類推適用により、素因に基づき四割の減額がなされるべきである(なお、被告らは、身体的素因に基づく減額を明確には主張していないが、反射性交感神経性ジストロフィーの指摘をしており、素因に基づく減額は認められるというべきである。)。

二  争点2について

1  治療費(請求及び認容額・一〇六万四二一五円)

証拠(甲二九の一ないし一一、弁論の全趣旨)によると、原告は、平成五年六月一日から平成六年三月三〇日までの大塚病院における治療費として合計一〇六万四二一五円を要したことが認められる。右認定によると、右金員は相当な損害と認めることができる。

2  入院雑費(請求及び認容額・四八万三六〇〇円)

原告が本件事故により合計三七二日間入院したことは前記のとおりであるところ、一日当たりの入院雑費は一三〇〇円とみるのが相当であるから、入院雑費は四八万三六〇〇円となる。

3  逸失利益(請求額・八一六三万一五〇三円) 四三三二万七八一九円

証拠(甲一八ないし二〇、原告、弁論の全趣旨)によると、原告は、トラック運転手をしていたが、平成四年二月半ば頃からタクシー運転手として勤務し、平成四年分の年収が二六四万三四九九円であったこと(なお、同年一二月分の稼働日数は〇日で、その支給金額も〇円であった。)、原告は、本件事故による傷害の症状固定時、三一歳であったこと、原告は、現在、運送会社で伝票整理のアルバイトをしており、月額一〇万円前後の収入を得ていることが認められる。

右認定によると、原告の本件事故当時における年収は必ずしも明確ではないが、原告は、平成四年分の年収の二六四万三四九九円を九か月半で得ていたものというべきであるから、実質的な年収は三三三万九一五六円となる(円未満切捨、以下同)。そして、原告の現在の収入が月額一〇万円で、年収一二〇万円程度であることは右認定のとおりであるから、本件事故当時よりも約六四パーセントの減額となっている。

ところで、原告は、本件事故により、前記の五級の後遺障害が残ったものであり、その労働能力喪失率は七九パーセントであるが、逸失利益の算定に関しては、実際の収入の減少率の範囲に限られるというべきである。

従って、原告は、症状固定時の三一歳から労働可能な六七歳までの間、年収三三三万九一五六円の六四パーセントの減少が続くと推認すべきであるから、ホフマン式により中間利息を控除して、本件事故当時における原告の逸失利益の現価を算定すると、次のとおり四三三二万七八一九円となる。

3,339,156×0.64×20.2745=43,327,819

4  慰謝料(請求額・一八〇〇万円) 一四〇〇万円

原告の傷害及び後遺障害の内容・程度、入・通院期間その他本件に現れた一切の諸事情を総合考慮すると、原告が本件事故によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料は一四〇〇万円が相当である。

5  小計 五八八七万五六三四円

6  素因による減額

本件事故につき原告の身体的素因に基づき、原告の損害額につき四割の減額すべきことは前記認定のとおりであるから、その後に原告の請求できる損害金額は三五三二万五三八〇円となる。

7  損害の填補

原告が被告らから治療費として二三九万一二二六円及び休業損害三六二万八八六四円の支払を受けたほか、雑費等二一四万一三八九円の支払を受けたことは、当事者間に争いがないから、右損害の填補額を控除すると、その後に原告が請求できる損害金額は二七一六万三九〇一円となる。

8  弁護士費用(請求額・五〇〇万円) 二五〇万円

本件事案の内容、審理経過及び認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は二五〇万円が相当である。

三  結論

以上によると、原告の請求は、主文第一、二項の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとする。

(裁判官 横田勝年)

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